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田中俊英(たなか としひで) 20代は編集者、不登校の子どもへのボランティア活動を経て、不登校やひきこもりの青少年への訪問活動を中心とした個人事務所「ドーナツトーク社」を96年に設立。2000年より淡路プラッツのスタッフ。02年に同施設がNPO法人を取得したことにともない、代表に就任。03年、大阪大学大学院文学研究科「臨床哲学」を修了。 |
「待つ」をやめるとき
| −『「待つ」をやめるとき』についてお聞かせください。 |
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| 田中 |
90年代後半に「ひきこもり」の概念が一般化してきます。その時期に淡路プラッツでも青年が溜まっていくばっかりで、淡路プラッツが第二の「お部屋」になってるんじゃないかなぁという状態がありました。 僕はその時ドーナツトーク社というところで、個人で訪問活動をやっていたんですよ。だから淡路プラッツのスタッフじゃなかったんですけど、定期的に交流させて頂く中で、「自己決定」は本当にあるんだろうか?と悩んでいたんですよ。僕の場合は概念的な悩みがありまして、純粋な自己決定というのは無いんじゃないかって。自己決定は他者を交えてコミュニケーションする中で決定は事後的に浮かび上がるんじゃないかなと思うんですよ。 その僕の疑問と当時の淡路プラッツがやってた「待ってばっかりでいいのか」という実践的な議論とが見事に重なる部分がありまして。まだその時存命でした蓮井学さんと、もう沖縄に帰られてしまったのですが金城隆一さんと僕との3人で語り合ったものが『「待つ」をやめるとき』の前半に収録されています。 | |
| −その時点での3人のポジションはどうだったんですか? |
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| 田中 |
読んで頂ければわかると思うんですが、蓮井・金城という2人の実践家より僕は慎重だったんですね。まだまだ自己決定というものはどう捉えて良いか分からないという段階で。 蓮井・金城は実践を通して、「待ってばかりじゃだめだろう。スタッフが関与して就労に向けて押し出していくべきだという結論がありました。 |
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| −青年たちが自己決定をして家を出るまで「待つ」というのは当時の主流でしたよね? |
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| 田中 | そうです。ちっちゃい業界ですけど、業界世界の中では自己決定を待つというのがというのが主流でした。だからかなり叩かれました。淡路プラッツというのはダメな団体になったという感じになりましたし、僕も異分子として見られました。 「待つ」について考えたのは7年も8年も前のことなんですが、今になって「待つ」ということを考えたのは良かったなぁと思ってます。 この時の自己決定を信じて待つというのは「放置」というかね「放ったらかし」みたいなものだったかなぁと思いますね。 |
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| −「放ったらかす」? |
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| 田中 | 「放ったらかす」ですよね。 自己決定ということに名を借りた「放置」ということをやめたらどうだということが『「待つ」をやめるとき』で言いたかったことです。 基本は僕も「待つ」なんですけど。 「ちゃんとした待つ」というのは、親御さんが知識や情報を持って知って、親御さん自身が講座とかカウンセリングを受けて、淡路プラッツではいつも推奨しているんですが、複数のいろいろな専門機関の意見を聞いて1つだけの言うことを聞かずに親子共々ひきこもらないようにいくつも2,3つと保険としての援助機関を持っていくというのが、本当の「待つ」という事なんじゃないかなと思います。 |
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| −概念的にも「自己決定」というものに疑問を持たれていたんですか? |
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| 田中 | そうですね。自己決定というのは近代が生み出した幻想だと思うんです。主体性とか自我とかというものはそんなにガッチリしたものじゃない。主体性とか自我が確立する以前に他者性が紛れ込んでするいると思うんです。デリダがそのようなことを言っているんですが、まさに実感として思うわけですよ。 僕も青春時代から自我の肥大さとか主体性の確立の名の下にあり裏にある自意識の過剰とかにすごく悩んできたんですよる。よくよく考えていれば、他者性というものが生まれた時から紛れ込んでてね、その中で年月をたつうちに自我というものがうっすらと立ってきたんじゃないかと。そういう考え方がしっくり来たんです。 |
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| −自己で100パーセントの決定をするという自己決定は存在しない? |
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| 田中 | それまで信じてきた自己決定というのは幻想でしかなく、決定というものは本人たちが事後的に本人たちが僕が決定したと納得すればいい。決定の瞬間というものはもちろん判断もできないですよね。 他者と紛れているうちに、例えば「通信制でいいかぁ」というように生まれてくるんだと思います。だからこの青年が就労のチャンスがあると僕が判断した場合、僕は一他者として、この人の主体性に介入しても良いんじゃないかと思うんです。傷つけない範囲というのはもちろんですが。 そういう理論的な裏付けはそこまで納得してやって、当時言ってた「自己決定という名の待つ」ということをやめることができました。 |
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| −そのように思えたのはいつくらいですか? |
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| 田中 | 5年くらい前ですね。 |
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| −蓮井さん金城さんとの対談からいうと2年後くらいですか? |
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| 田中 | そうです。 座談会の部分には前半と後半の部分があって、前半は蓮井さんがまだ生きていた頃で3人でやったもので、後半は金城さんと僕だけです。後半の段階では「他者性」のことは自信を持って思うようになりましたね。 |
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| −この本の前半と後半で田中さん自身の考え方がも変わったと。 |
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| 田中 | 変わってます。 この本は実践の本なのでそこまでは書いてませんが、個人的にはそういう思い入れがあります。「自己決定論」を自分の中で崩せたという「おかげ」というのもあって、思い入れの強い本ですね。 あと、蓮井さんという方は僕の人生の中で最も尊敬する人なんです。だから、その人の言葉を亡くなった後にも残せられたことは良かったなと思っています。 |
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『動けない青年たちと動きはじめた青年たち』
| −『動けない青年たちと動きはじめた青年たち』についてお聞かせください。 |
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| 田中 |
この本は非常に実践的な本です。 | ||||
| −この本のウリは何でしょうか? |
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| 田中 | 特徴としては「軽度発達障害」(高機能広汎性発達障害)を前半で取り上げてることです。軽度発達障害とか高機能自閉症とかという本はでてると思いますが、ひきこもり・ニートに関してきっちり活字の分野で「軽度発達障害」を取り上げてるのは無いと思います。ひきこもり・ニートのところで「軽度発達障害」を今語れる範囲でデータを元に語っているのが特徴です。 何の意味があるかというと、発達障害はこれから無責任に流通してくると思うんです。それをストップしたいんです。例のよって、きっちり整理されないまま「あの人はアスペルガーだ」というように軽いプチ偏見を伴った議論に必ずなると思います。それを今からストップしていきたいという狙いがありました。 後半は共同生活のスタッフ(NORA)のリアルな声が出てると思います。若者自立塾をはじめとする宿泊型の支援というものがこれから理論化されていく時期にきていると思うんです。それを意識していますね。 通所型と宿泊型の支援というものははっきり分けて考えていくのが良いと思っています。淡路プラッツのような通所型のような施設からジョブカフェのようなところにつなげていって、トライアルジョブのようなプログラムでゆったりと就労に向かっていくという試みです。通所型は「地域」が非常に重要です。 一方、宿泊型は3ヶ月限定で、そのなかで、見学したり体験したり、お祭りのようにイベントがあって、ぎゅっと濃縮した時間の中で就労や社会へ向かっていくわけです。 これらは全く違うと思うんですね。その前段階としてこの本があります。 |
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『分岐点に立つひきこもり』
| −『分岐点に立つひきこもり』についてお聞かせください |
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| 田中 |
これはニートの問題が出てきた時に行ったシンポジウムをまとめたものです。去年の秋です。 | ||||
| −『分岐点に立つひきこもり』についてお聞かせください |
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| 田中 |
この本は理論的な話が中心です。 デリダとかスピヴァクとかを応用して話をしていますし、大阪大学の樋口明彦さんもかなりデータを使って難しい議論をしています。 前半はその時ニート問題についてどう考えるか。後半はニートという言葉が思った以上のスピードで浸透していたことについてです。 僕は訪問をやってるんですけども、その中で「純粋ひきこもり」の問題が隠されつつあるという実感があったんです。訪問の中で出会う「純粋ひきこもり」の人たちにとっては「ニート」の問題が他人事のように思える問題ではなかったんです。 |
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| −他人事? |
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| 田中 |
ニートが焦点を当てる「就労」という問題ですね。「就労」なんか言われたらプレッシャーでへにゃへにゃになってしまう。むしろニートという言葉は迷惑でね。 数年前からひきこもりの当事者の人たちがしゃべり始めたわけですが、それも困ったもんだと彼らは言っていたんです。その人たちは「喋りたいのは分かる」と。でも、その人たちがテレビになんか出て喋れば喋るほど自分は近所を歩きにくくなるという心理があるようです。それが赤裸々に当事者として喋るほど「ちょっと困るんです」と。 |
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| −うかうかひきこもってられなくなった? |
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| 田中 |
そうですね。 |
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| −認知されたことで逆に? |
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| 田中 | 目立ちたくないわけです。目立ってしまうから。それもネガティブに目立ってしまうので。 |
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| −当事者の方は名付けに対しての抵抗があるんですか? |
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| 田中 | 人にもよるんですが、ひきこもり状態がキツイ人ほど「ひきこもり」という言葉に抵抗を示していることが多いですね。 援助の現場では、母親などの面接を通して様子を聞くんですよ。ひきこもりとかニートがよくギャグのネタになったりするでしょ。それが出てきた時、「お子さんの表情はどうですか?」って聞くんです。顔が曇るとか、寝たふりしてるとか、部屋に戻るとかになると、当事者バリバリで当事者ど真ん中という感じです。 でも、そのうち一緒に笑えるようになってくるんです。僕からすれば、年月は必要なんですが支援してるとゆっくりとほぐれてくるんです。結局、「俺ヒッキーやし」っていうふうに言い始めたら、支援のプログラムにも乗っかっていけるかもしれない。でも、まだまだその言葉に拒否反応が強いうちは当事者へのアプローチをしてもなかなか難しいところがあります。 |
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| −この本のテーマとなったものは何でしょうか? |
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| 田中 | 2つのニート問題をどうとらえるかということと、ひきこもりの問題、特に純粋ひきこもりの問題をどうするか?という問題ですね。「純粋ひきこもり」へのアプローチは訪問しかないのか?ということが言いたかったんです。 この本では親御さんの取り組みを紹介しています。上田さんのファーストステップジョブグループというものなんですが、これが汎用化できるかどうかは分からないんですが、訪問活動以外のアプローチ、一つの光明として提示したかったんです。 |
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| −3冊の出版にいて何かあればお聞かせください。 |
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| 田中 | 3冊とも言えるんですけど、僕個人の文章ではないんですよね。僕は書くのは好きなので、単著で出来ないこともないんですけど、他者と共にまみれる議論。はっきり主張がでてくるのではなく、3人、5人、6人とかがそれぞれのことを言う中でですね、事後的にテーマが浮かび上がったら面白いなというのがあります。だから、著者の主体性を意識的な排除した。だからぼくの文章は前書きしかありません。それは意図したことです。 |
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